2013年11月28日

私が家づくりにこだわる理由。〜社長略歴と就任の経緯〜

こんにちは 鰍「ろどりの家 の 西田です。

私の父は大工をしています。私が幼少の頃の家族構成は、
祖父母、両親、妹、私の6人家族でした。
私たちは父が25歳で自ら設計をし、そして自分の手で建てた家で仲良く暮らしていました。
幼いながらにそれは私の自慢でした。
私が6歳の頃です。祖父が亡くなり、そして中学二年生の時、母が病気で亡くなりました。
それまでは普通の家族、むしろ稼ぎの良かった父のおかげで裕福な方だったと思います。
母親がいない家庭、クラスでも1人や2人はいるものです。
しかし自分がそうなるなんて思ってもみませんでした。
母が亡くなり、父も気を落としました。それからは仕事の都合で
家に帰ることが少なくなりました。その頃から家族がバラバラになっていったように思います。
家に親がいないという事は子どもにとってはとても辛い事でした。
やがて父の仕事が上手くいかなくなり、父は家を手放しました。
自らが建て、家族の思い出の詰まった家を。
その頃からです。私の『家=家族』に対する、
ある種のコンプレックスにも似た憧れという感情を抱き、
いつか自分の家を持つという事が夢となりました。

やがて私も結婚をして家族を持ちました。子どもも2人います。私は今、幸せです。
最近、子供の寝顔を見ると強く思います。『この子たちの悲しい顔はみたくないな。』
子供の幸せは、親の幸せ。まさにその通りです。
それは家族の幸せだと思います。
今思うと、父も同じような想いだったのかもしれません。
家にはいなくても、私たちが不自由なく暮らせた事は父が
必死で働いてくれていたからなのかもしれません。

私にとっては家とは家族そのものの事です。
私にとっての幸せの形とは家族が家で仲良く暮らす事です。
子どもが幸せに育つことです。家に幸せがあふれる事です。
人それぞれ家に対する思いも幸せの形も色々だと思いますが、
家を建てたすべての人は幸せになってほしいと強く思います。

私はこう考えるようになりました。
家族が幸せになる家。幸せでいられ続ける家。
そして幸せは子どもや孫らへと受け継げられていかなければなりません。

その想いを形にするには、どうしたらいいのかをずっと考え続けてきました。
いろんなセミナーや研修にも参加しました。多くの書籍も読みました。
実際に現場にも何度も見学しに行きました。そしてそれは今も続けています。
その中でひとつ、家族の幸せを形にするための家という器の作り方が見えてきました。
それはある一定以上の性能をもった家という器です。
フランチャイズの工法などに頼らずとも自分たちの
知恵と知識と工夫と努力をすれば実現できることが分かりました。

子供や孫に受け継ぐには、住宅の寿命もそれだけ長いものでなければならないし、
経済的な意味でもその家に住み続けられるようでなければなりません。
そのためには建てる時にも住み続ける間にも必要以上に無駄な費用をかけないことも大切で、
その住まいは快適に健康的に暮らせるものでなければなりません。
家は家族の命を守るものでなければなりません。
地震に強いのは当然のこと、これからの住まいは健康で快適な暮らしを
経済的に実現させていくことが大切だと考えます。
そのために私は努力を惜しみません。

私は、家族の幸せを繋ぐ 家づくりを目指しています。
そして一人でも多くの幸せな家族の喜ぶ顔が見たいと思います。


〜社長略歴と就任の経緯〜
大工の父の影響からか子供の頃から将来の夢は建築家でした。
夏休みにはよく父の現場を手伝いに行ったものでした。
そして大学では建築を学びました。大学卒業後、某大手鉄骨プレハブ系ハウスメーカーに
就職し営業の仕事をすることになりました。
しかし幼いころより木造の住宅に慣れ親しんで育ってきた私は、
木造住宅への強い思いと、そして実際に家を建てる現場の仕事を覚えたいと思うようになり、
現場監督の道へと進みました。
大工ではなく、現場監督を目指したのは、幅広い知識を持って工事の最初から最後まで、
そしてアフターまでの長い間、そして深くお施主さまに関われる仕事だと考えたからです。

そして当時、高槻市では名前の通った中堅建設会社に転職しました。
そこで現場監督の仕事を覚えることになりました。
そこでは新築分譲地やリフォーム工事の現場監督業務をしていました。
私が好きだったのは特にお客様が住みながらのリフォーム工事でした。
住みながらの工事はいろいろと大変なことも多いのですが、毎日お客様の顔が見えることで、
工事を通してお客様と心を通わせることができ、それが工事に反映され、
最後にはお客様の喜ばれる顔を見ることが出来るからです。

現場監督の仕事が好きというよりも、職人さんたちと一緒にお客さんのための家づくりをする
というのが好きだったように思います。その会社は今はもうありませんが、
そこでの経験が今の私を作っているように思います。

そして、潟Iカダ工務店という 鰍「ろどりの家の 前身とも呼べる会社と出会い、
そこで現場監督の仕事をすることとなりました。潟Iカダ工務店でも同じく、
お客さんの喜ぶ顔が見られる仕事をしていきました。
前職の時代からの私のお客様からもお仕事を頂くようになりました。
とてもとてもありがたいことでした。
それはある意味、自分なりに想いをもってしてきた仕事への
答えをいただいたような気持ちでした。

そんな矢先、前身の潟Iカダ工務店の代表が、体調不良と経済的な事情から
経営を続けることが困難な状況になりました。
そこで大切なお客様に混乱やご迷惑をお掛けしないために、
弊社の代表取締役である杉森とともに新たに『株式会社いろどりの家』を立ち上げることとなりました。
今後末永くこの高槻市を中心に北摂エリアに根ざして仕事をさせていただくためにも 
まだまだ若輩ではありますが 私、西田が取締役社長を務めさせていただくこととなりました。

今の私があるのもお客様とそしてこの高槻という地域があるからです。
そのことに感謝をし、一人でも多くの幸せな家族の喜ぶ顔を見ることができるように
経営理念のもと、日々誠心誠意努力をし、社内のスタッフそして協力業者や職人、
一丸となってお客様のために精一杯頑張っていきたいと考えております。


株式会社いろどりの家 経営理念

『いろどりの家』の家づくりに関わる
すべての人の幸福と繁栄の実現のために
強い意志と行動力を以ってこれを成し遂げる
自己の充実を以って他者の幸福に努め
環境問題への意識増進を図り
地域社会への貢献を果たす


               平成25年6月27日
               株式会社いろどりの家 
               取締役社長 西田 宏則

最後まで、読んでいただき本当にありがとうございます。
posted by スタッフ at 19:01| Comment(0) | 経営理念